2017年にシカゴ大学のリチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞しました。セイラー教授は、行動経済学の分野の権威として知られており、この受賞を機に「行動経済学」が再び注目されています。
行動経済学は、近代経済学では解明できなかった「非合理」な意思決定を解明する学問で、様々な分野での活用が期待されています。
この記事では、セイラー教授の著書「ナッジ」より、要点を絞り10分で理解できるよう解説します。
経済学全体についてざっくりと理解したい方は下記のリンクで解説しています。経済学を俯瞰することで、よりこの記事の理解が深まります。
わかりやすい経済学 – 古典経済学から近代経済学まで10分でざっくり解説「合理的経済人」は本当にいるの?
我々が高校や大学で学ぶ経済学は、「近代経済学」です。この経済学は、アダム・スミスの国富論がベースとなり、理論化され、「ミクロ経済学」や「マクロ経済学」によって体系化されました。
5分でわかるアダム・スミスの国富論(諸国民の富)- わかりやすく要約10分でわかるマクロ経済学 – 財市場、貨幣市場、労働市場をわかりやすく解説10分でわかるミクロ経済学 – 需要曲線や供給曲線をわかりやすく解説この近代経済学の考え方の基礎は、「合理的経済人」を仮定しています。合理的経済人とは、自身の満足度(効用)を最大化する意思決定を「合理的」に必ず行うという仮説です。
しかし、現実はそうでしょうか? 例えば、このような場合を考えてみてください。
あなたは、鰻屋さんに行きました。メニューは下の通りです。
並 1500円
上 2000円
あなたはどれを選びますか?多くの人は予算に合わせて「並」を選択するでしょう。
しかしもしメニューがこのような形ならどうでしょうか?
並 1500円
上 2000円
特上 3000円
前よりも圧倒的に「上」を選ぶ人が多くなります。これは実験によっても証明されています。
人々は「合理的に」選択していると思っていても、その多くが「そうではない」場合が多いのです。
ナッジ(理論)という考え方
ナッジ(Nudge)とは、「人をひじで、そっとつつく」ことです。
あくまで人を強制的に誘導するのではなく、自由な選択肢を与えながらも、それとなく誘導するという意味です。自由ではあるが、それとなく誘導することを表現して「リバタリアン・パターナニズム」と呼ばれています。
リバタリアン的思想といえば、経済学の世界では「新自由主義」が代表例です。リカードが提唱し、ノーベル賞を受賞しています。
5分でわかるフリードマンの「資本主義と自由」- 新自由主義をわかりやすく解説
ナッジ(Nudge)の4つのパターンと具体例
ナッジは「それとなく誘導すること」ですが、どのような例があるのでしょうか?
典型的なパターンが4つあります。
① デフォルト
選んでほしい選択を、あらかじめ設定しておく、初期設定にしておくこと。
初期設定を変えるめんどくささを、人間は無意識のうちに避ける傾向にあります。
携帯電話にいくつかアプリをいれて、ひと月以上会員になれば、端末代を割引きます、というキャンペーンがよくありますね。
多くの人が面倒なので、解除し忘れて継続的に課金されます。
「脳死したら臓器提供をしてもいい」と答える割合が、国ごとに差があるという問題がありました。
▶︎フランスやベルギーは90%が「臓器提供してもいい」と回答。
▶︎ドイツやイギリスでは10%
この差は、まさにデフォルトによって引き起こされていました。臓器移植の意思を問う質問文は下記の通りでした。
「臓器移植をしてもよいと多くの人が答えている」国では「臓器移植をしたくない場合は〇を付けてください」という質問方式(オプトアウト方式)。
「臓器移植への賛同が得られていない」国では「臓器移植に賛成の場合は〇を付けてください」という質問方式(オプトイン方式)
だったのです。多くの人がデフォルトから動かしたくない、自分の意思で決めたくない、誰かに決めてほしいと思っているのです。デフォルトの力は強力です。
よく会員登録などをする際に、メールマガジンに登録するかどうかの「チェックボックス」があるかと思います。
このチェックボックスは、デフォルトでオンになっていることが多いですよね。
② フィードバック
ある行動をすると特定の反応が返ってくる仕組みを作ること
イギリス政府は、税金の未納者に対して通知を送るようにしました。そこには、その地域の納税率を記載することで、周りの人はこんなに払っているのにあなたは払ってませんよ、と暗に伝えました。
この通知を送ることによって、納税率は68%から83%に改善しました。
冷蔵庫を開けっぱなしにすると、必ず通知音がなるようにすると、人は無意識のうちに閉めるようになります。
初めは音が嫌だから閉めよう、と思って閉めていたとしても、次第に無意識に閉めるようになっていきます。
③ インセンティブ
ある行動をすることで、得する仕組みを作ると、無意識にその行動を取りたくなること。
スマートフォンのゲームでよくある、ログインボーナスも「インセンティブ」の1つです。
毎日起動すると良いことがあると刷り込まれると、無意識のうちにアプリを起動するようになります。
ポイントを貯めたいがために、欲しくもないものを買ってしまったりすることがよくあります。
例えば、最近ではPayPayが、QR決済で20%還元されるキャンペーンを行っていました。欲しくないものを購入してしまった例も多かったかと思います。合理的でしょうか?
④ 選択肢の構造化
選択肢をわかりやすくすることによって、その行動を促す仕組み
よく選択肢が多すぎると人は選べなくなる、と言うように、こちらから暗に選択肢を提示する方法です。
サブウェイでは、メニューの横にカロリーを表示するようにしました。その結果、摂取カロリーが減少しました。
カフェテリアでは、メインを取り終えた後にサラダが置いてありました。それを、サラダを先に置き、そのあとでメインを取らせるようにしました。
その結果、サラダを選択する人が35%も増加しました。
コンビニやスーパーのレジ横などに、比較的安価で小さな商品が並んでいます。ちょっと気になって手を取ってしまった人もいるかと思います。これも選択肢の構造化の1つです。
まとめ
既存の経済学を補完すべくして「行動経済学」が生まれました。
近代経済学が、「合理的経済人」を仮定しているのに対して、行動経済学は全く逆で多くの意思決定が非合理だと解きました。
とはいえ、既存の経済学が全く役に立たないのかと言うと語弊があります。分析する際には物事を単純化した方が分析しやすいことも多々あります。既存の経済学は、より大きな大局の動きを分析するのに役立つ一方で、行動経済学はより実践的な学問だといえます。
過去解説した「ゲーム理論」も、近代経済学を補完しています。
10分でわかる「ゲーム理論」入門 – ナッシュ均衡やパレート最適についても解説
我々は、どの考え方が正しいのか?ではなく様々な経済学的観点を使いながら世の中の事象を分析していく必要がありますし、世の中は絶えず変わっていくのに合わせて経済学も変化します。また新たな考え方が今年も誕生するかもしれません。