10分でわかるハイデガーの思想 – 「存在と時間」をわかりやすく解説

ハイデガーはドイツの哲学者で哲学界に多大な影響を与えた人物です。

彼の思想は端的に言えば、これまでの西洋哲学を研究することによって、それらを批判的に乗り越えようとしたと言えます。つまり、アリストテレスからカント、そしてニーチェに至るまでの西洋哲学全般について理解していないと、彼の思想の深く理解することはできません。

このサイトでは、西洋の主要な哲学者について全て解説しているので、一度読まれておくことをお勧めします。下記のリンクで解説しています。

マルティン・ハイデガーとは?

マルティン・ハイデガーはドイツ出身の哲学者です。カトリック圏の南ドイツで生まれました。フライブルク大学出身で、もともと神学部に入学したのですが、転部して哲学の道を歩み始めます。

最初の指導教官はシュナイダーという無名の講師でしたが、フッサールがフライブルク大学にやってきたことを機に、彼に支え始めます。初めは、フッサールはハイデガーに対して冷淡だったようですが、第一次大戦後から溺愛し始め、彼を自分の後継者として、育てるようになったそうです。

ハイデガーは大学での地位を確立し始めた時に、フライブルク大学でカトリック哲学の人事があり、ハイデガーも候補者として上がりました。彼はもともとカトリック圏出身ですし、彼が望む最高のポストでしたが、彼の思想がモダニズム思想(反教皇側)だという理由で、そのポストを逃します。

カトリックからプロテスタントへ

そこで彼は、カトリック系の大学のポストは諦め、プロテスタント系の大学を目指します。いくつか候補になりましたが、その時提出した「ナルトプ報告」を高く評価した、マーブルク大学の助教授として採用されます。

マーブルク大学での、ハイデガーといえば、論文はほとんど発表してません。しかし、講義は非常に評判で、全国から聴講生が集まりました。

プロテスタントから形而上学へ

ハイデガーは、マーブルク大学で名講師として、活躍していましたが、そんな中、師匠のフッサールが定年退職するのを機に、フライブルク大学に凱旋し、教授のポストを獲得します。

マーブルクはプロテスタント系の大学で、フライブルクはカトリック系で、なぜ彼が凱旋できたのかというと、フッサールの教授のポストが空くことを知ったハイデガーは、「神学よりも形而上学の方が宗教的である」といった活動をし始めます。そして、神学者とは距離を取りはじめ、プロテスタントとの関係を疎遠にしていきます。

この形而上学が最も尊いという旗印をもとに書かれた本が、主著「存在と時間」です。この本が大評判を呼び、見事フライブルクに凱旋できたというわけです。

彼のキャリアをまとめると下記の図のようになります。

ハイデガーのナチス加担

ハイデガーを語る上で、ナチス加担に触れずにはいられません。興味のない方は読み飛ばしていただいて良いですが、彼の思想の根幹を理解するのに役立ちます。

そもそもハイデガーがナチスを支持したのは、同化ユダヤ人の問題がありました。同化ユダヤ人はアメリカやヨーロッパの諸外国に国際的な金融・貿易のネットワークを作っていました。

そんな中で、第一次世界大戦で、多額の賠償金を求められたドイツは、国内企業は窮地に立たされます。というのもドイツは、家族経営の零細企業が非常に多く、多くの企業が破綻していきました。

その一方で、ユダヤ人たちはアメリカやイギリスなどに資産を逃避していたため影響を受けませんでした。ドイツ人が困窮するなかで、豊かな生活をするユダヤ人たちは、ドイツ人から不満を抱かれるのは仕方がありません。ナチスは民衆の支持を集めて成長した政党だというのは、これが理由です。

元を正せば、ドイツに払えるはずのない多額の賠償金を戦勝国が求めたことが原因です。ドイツは賠償金を払うために、ドイツ紙幣のマルクを大量に印刷したことで、国内経済がハイパーインフレになりました。詳しくは下記で解説しています。

ハイパーインフレの原因をわかりやすく解説 – 歴史や対策を10分で解説

話が少しそれましたが、ハイデガーがナチスに加担したからといって、大量虐殺を求めたわけではなく、ある意味、社会的な抜本的な変革を求めていたのだと言えるでしょう。彼の思想は、哲学を回想することで、古代ギリシャ以前の思想に立ち戻ろうとするわけですが、まさに価値観を変革しようと運動した人物です。

今の社会のあり方を変えようとしたナチスとある部分で共感したのだと言えるでしょう。ただし、決して、突撃隊などのナチス商店の焼討ちなどは賛同できることではないとは思いますが。

ハイデガーの思想

ハイデガーは、フライブルク大学で助教授の職に就くため、「ナルトプ報告」を書きました。その後、「存在と時間」を書いていますが、書かれたのは上巻のみで、途中で挫折しています。

つまり、彼の主著「存在と時間」のみを読むだけでは、彼の思想を全て理解するには不十分だといえます。

「存在と時間」は「ナルトプ報告」を下書きとして書かれていますから、彼の思想の全体像を理解する上では双方の理解が必要です。

では、「ナルトプ報告」と「存在と時間」について解説していきます。

ナルトプ報告とは?

ナルトプ報告の題名は「アリストテレスの現象学的解釈ー解釈学的状況の提示」という名前です。

名前だけ聞けば、なんのこっちゃという感じですが、実はすごくシンプルで、言いたいことは下記の通りです。

アリストテレスの「存在する」ということの意味は「制作されてある」ということである

実に単純ですよね。ちなみに四年後に書かれた「存在と時間」の序論(内容の予告のようなもの)の中で、書かれなかった第二部で、このナルトプ報告を膨らませた内容が書かれる予定でした。

つまり、アリストテレスのみでなく、過去の西洋哲学すべてが、存在は「制作されてある」という概念を受け継いでいたということを明らかにする予定だったそうです。

ちなみにこのサイトでは、プラトン / アリストテレス / デカルト / カント / ヘーゲルと解説していますが、その全てが「存在は制作されて存在する」という価値観が貫かれていることが理解できるはずです。

逆にプラトンやアリストテレス以前の、古代ギリシャ以前の価値観は、「存在は生き生きと変化し生まれ出る、なり出でてある」という思想でした。

この辺りの存在論については下記のプラトンの記事で解説しています。「存在は制作されてある」と考え始めた最初の人物がプラトンです。

10分でわかるプラトンの思想の本質 – イデア論、形相、質量をわかりやすく

つまり、ハイデガーは、古代ギリシャ以降に一貫して貫かれている存在論、つまり「存在は制作されてある」という概念を批判し乗り越えようとしたと言えます。

ハイデガーは、ニーチェの思想からか影響を受けていますから、ニーチェ同様「存在=生成」と見る価値観へと変革しようとしました。ニーチェについて詳しくは下記のリンクで解説しています。

ニーチェの思想を分かりやすく解説 – 力への意思、ニヒリズム、生など10分で解説

存在と時間とは?

  • <上巻>
  • 序論
  • 第一部 現存在を時間制へ向けて解釈し、時間を存在への問いの超越的立場として究明する
    • 第一篇 現存在の準備的な基礎分析
    • 第二篇 現存在と時間性
  • <下巻>
    • 第三篇 時間と存在
  • 第二部 テンポラリテートの問題群を手引きとして存在論の歴史を現象学的に解体する
    • 第一篇 カント
    • 第二篇 デカルトから中世存在論へ
    • 第三篇 アリストテレスと古代存在論

このうち刊行されたのは上巻の第一部のみで、ここでは現存在の分析が行われています。現存在とは、人間存在のことです。

そして、第二部は、先ほども説明したように、時系列を遡りながら歴史的な考察をします。

つまり、カントデカルトアリストテレスへと古代に遡りながら、それらすべてが、存在を「制作されてある」と捉える存在概念が一貫して受け継がれていると明らかにしようとしています。

この本の主旨であり、哲学の一貫したテーマでもある「存在一般の意味の究明」がされるのは下巻の第三編の「存在と時間」しかないことになります。

そして、この存在と時間は未完に終わったわけですが、のちの講義録の「現象学の根本問題」の中で、「存在と時間の第三編の新たな仕上げ」と注記されていたことを考えると、ここに彼の思想が書かれていると考えられます。

現象学の根本問題とは?

現象学の根本問題では、「存在と時間」の第一部と第二部をまるっきり逆にして、まずは存在論の歴史的考察を行い、そして、伝統的存在論を批判し乗り越えようとしました。

しかし、これも未完に終わってしまうのですが、彼は一貫して、過去の西洋哲学全般が、存在を「制作されてある」と考える存在概念が貫いているということを主張しています。

存在了解とは?

彼は、存在を「制作されてある」と見ることを存在了解と呼んでいます。この存在了解が、カントからアリストテレスに至るまで一貫して貫かれていると主張しています。

ハイデガーの思想の要旨

つまり、彼は「ナルトプ報告」「存在と時間」そして「現象学の根本問題」まで一貫して、アリストテレスからカントに至るまで、ヨーロッパ全体を存在は「制作されてある」と捉える思想が長く受け継がれ続けたということを伝えたかったのだと理解できます。

そして、後に書かれた「形而上学入門」や「ニーチェ」を考え合わせると、ヨーロッパ全体を覆い、支配してきた存在概念、つまり存在は「作られて・制作されて存在してる」という存在了解に基づく価値観を批判して乗り越えようとしたと言えます。

さらに、ニーチェの思想を受け継ぎ、存在=生成と見る古代ギリシャ以前の価値観を、ヨーロッパの存在=制作と捉え続けてきた価値観と対比することで、批判し乗り越えようとしたというのが、彼の思想の要旨と言えます。

つまり、西洋を覆っていた「すべてのものは作られてある」という価値観に変わる、「存在は、生き生きと生成し変化し、なり出でてある」という古代ギリシャ以前の価値観を復興しようとした人物だと言えます。

ニーチェは下記のリンクで詳しく解説しますが、根本的には、伝統的存在論を抜け出せなかったとも言えますが、ハイデガーによって、西洋を支配していた存在論を、歴史を遡りながら批判することで乗り越えたと言えます。

ニーチェの思想を分かりやすく解説 – 力への意思、ニヒリズム、生など10分で解説

まとめ

ハイデガーについて改めてまとめると下記の通りです。

  • アリストテレスからカントに至るまで「存在は作られて・制作されてある」という存在論が貫かれている。
  • この作られてあるとみる存在論は、ヨーロッパ全体を覆い、宗教や科学、芸術に至るまで支配してきた。
  • この存在論は、ニーチェが言及するように、ニヒリズムに陥ってしまうため、古代ギリシャ以前の「存在は、生き生きと生成して変化しながら、なり出でてある」とみる価値観へと変化するべきである

これがざっくりとした、彼の思想の要旨になります。様々な文献を総合すると彼の思想は、ニーチェが提唱したような、西洋全体を覆う存在論を批判し乗り越えようとしたと言えるでしょう。存在と時間の第一部だけを呼んだだけでは、なかなか彼の思想を理解するのは難しいのはこのためです。

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