民主主義という言葉は日常でよく耳にします。しかし、その定義を「明確に」答えられる人は少ないでしょう。その理由は、民主主義という概念が非常に広く、さらに「政治学」や「経済学」の考え方が混ざり合っているからです。
この記事では、曖昧になりがちな民主主義の概念を誰にでもわかりやすく解説します。まず民主主義とは何かを整理し、その後、民主主義がたどってきた歴史を見ていきます。歴史を知ることで、民主主義の輪郭がよりはっきり見えてくるはずです。
民主主義とは何か?
民主主義とは、「人民の意見が政治に反映される政治体制」のことです。
英語で民主主義はデモクラシーと呼ばれますが、「デモ」が人民、「クラシー」が権力を意味しています。つまり民主主義とは、人民が権力を持つという考え方を意味します。

では、「人民の意見が政治に反映される政治体制」は、どのように実現されるのでしょうか。
それは、多くの「民意を反映するための部品(思想や制度)」によって支えられています。たとえば「男女平等」「普通選挙制」「人権(自由と平等)」などです。

「多様な人民」の「多様な意見」を政治に反映するために、多くの制度や思想が存在しています。これらの「部品」を理解することで、民主主義をより具体的に理解できるようになります。ただし、これらの部品は歴史とともに大きく変化してきたため、民主主義という言葉が曖昧に感じられるのです。
そのため、次は「民主主義の歴史的な変化」を見ていきます。歴史をたどることで、民主主義の全体像がより見えやすくなります。
民主主義のはじまり
民主主義の起源は古代ギリシャにさかのぼります。しかし、当時の民主主義はうまく機能しませんでした。その理由は、当時の民主主義が、人民全員が政治に参加する「直接民主制」だったからです。必ずしも政治に適した人だけが参加するわけではなかったため、しだいに衆愚政治と揶揄されるようになります。
古代ギリシャで民主主義が十分に機能しなかったこともあり、長い間、民主主義は「望ましい政治制度」とは見なされませんでした。その後は長く、寡頭制のような、少数者が支配する体制が続きます。
そんな中で、再び「民主主義」が注目されるようになるのは、17〜18世紀ごろの市民革命以降です。この時期に、「国民主権」「基本的人権の尊重」「法の支配」「民主的政治制度」など、現代の民主主義の原型となる考え方が形づくられていきます。
これらの考え方を体系的に示した人物として、「ホッブス」「ロック」「ルソー」などが挙げられます。政治思想の授業では欠かせない人物たちですね。ここから、近代的な民主主義が本格的に始まっていきます。
民主主義を初めて体系化したホッブス

民主主義の基礎を理論的に考えた人物の一人が、ホッブスという哲学者です。なぜ哲学者なのかと思うかもしれませんが、当時は「国家のあり方」や「政治の正当性」を考えるのも哲学の重要な仕事でした。「国はどうあるべきか」「政治権力はなぜ必要か」を考えていたのは、当時の哲学者たちだったのです。
ホッブスについて詳しくは下記のリンクで解説しています。著書『リヴァイアサン』の中で詳しく論じられています。
ホッブスは、『リヴァイアサン』の中で、人間にとって最も重要な価値は、
- 生きる権利(自然権)
- 生命の尊重(自己保存)
であると述べました。
このとき、もし政府が存在しない無法状態(自然状態)であれば、人は自分の身を守るために武器を取るだろうと考えます。そうなると、本来は身を守るための行動であっても、結果的には争いが絶えない状態になると考えました。これは直感的にも理解しやすいと思います。もし政府がなければ、社会は非常に不安定になるはずです。
では、人々はどうすればよいのか。ホッブスは、全員が自分の自然権の一部を国家に預け、その国家が強大な力(コモンパワー)を持つことで秩序を維持すべきだと考えました。そして、人々はその力を共有する共同体の一員として国家に所属すべきだと説いたのです。
ここで注意したいのは、力を国家に集めることが、ただ権利を放棄することを意味するわけではないという点です。その国家の力を通じて、自分自身の安全を守る共同体を作る、という発想です。

では、その強大な力(コモンパワー)を誰が行使するのでしょうか。ホッブスは、共同社会全体の利益を追求する代表者がその力を行使すべきだと考えました。そして、その代表者が作る法に従うことで、人々の生きる権利が守られると考えたのです。
ホッブスの考え方は、国家の強大な力はもともと人民の自然権に由来するのだから、その力は人民の安全と権利のために使われるべきだ、というものでした。これは、国家権力を王や貴族の私物ではなく、人民のためのものだと捉え直す大きな転換でした。
議会制民主主義のはじまり ロック

ジョン・ロックは、今日では当たり前となった「議会制民主主義」の原型を作った人物です。
議会制民主主義とは何か、詳しく知りたい方は下記の記事で解説しています。
彼は著書『統治二論』の中で、最高権力は国王ではなく、国王・上院・下院からなる立法部、すなわち議会にあるべきだと述べました。
つまり、行政を担う者よりも、法律を作る議会のほうが大きな権力を持つべきだと考えたのです。これは、現代の議会制民主主義の原型といえます。
さらにロックは、国民には「所有権」があると説明しました。所有権について詳しくは下記のリンクで解説しています。
人々が国家を作り、そこに所属する理由は、自らの「所有権」を守るためであり、議会や行政はその権利を守るために存在すべきだと説きます。もし国家がその権利を侵害するなら、国民はそれに抵抗する権利を持つと考えました。まさに、現代民主主義の重要な発想の一つです。
選挙権の拡大を主張したルソー

ルソーの主張は、ホッブスと重なる部分もあります。それだけ、この時代に民主化への思想が同時多発的に広がっていたことを示しています。
ルソーの思想の中で特に有名なのが一般意志という考え方です。これは、ホッブスのいうコモンパワーに近い概念で、社会全体の利益を目指す意志のことです。
ルソーはさらに一歩踏み込みました。この一般意志を本当に実現するには、少数の人間だけに選挙権を与える制度では不十分だと考えたのです。当時は、成人男性の中でも一定の財産を持つ者だけに選挙権が認められていました。
ルソーは、より広い人々に選挙権を与える必要があると考えました。これが後の普通選挙制へとつながっていきます。
より詳しく知りたい方は下記のリンクで解説しています。
ここまでをまとめると、次のようになります。
- 民主主義の哲学的基盤を固めたホッブス
- 議会制民主主義の基礎を提唱したロック
- 普通選挙制の先駆けとなる発想を示したルソー
市民活動から憲法制定へ
こうした市民の思想や運動は、やがて国家そのものを動かし、ついには憲法や政治制度を変えていきます。
まずイギリスでは、権利章典(1689年)によって、人権の尊重と議会政治の原則が明確化されます。続いてアメリカでは独立宣言(1776年)、フランスでは人権宣言(1789年)によって、民主主義的な考え方が制度として取り入れられていきました。
これらの宣言には、大きく二つの柱があります。ひとつは人権(自由・生命・財産)の保障、もうひとつは民主的な政治制度の確立です。
民主的な政治制度とは、議会制民主主義のように、国民が政治の主体となる仕組みのことです。
民主主義の発展と修正
19世紀の中盤になると、民主主義は新たな問題、すなわち経済的な格差や貧困と向き合うことになります。民衆は政治的権利を勝ち取りましたが、一方で経済的には深刻な貧困に苦しむようになりました。
そこで、民主主義はそのままでは不十分だと考えられ、次のような修正が加えられていきます。
ひとつ目は、団結の自由を認めることです。それまで雇用主と労働者の契約は「契約の自由」に委ねられ、政府が口出しすべきでないとされていました。しかし、それでは労働者が一方的に不利になるため、労働者が団結して交渉する権利が認められるようになりました。
ふたつ目は、私有財産の不可侵原則の修正です。従来は私有財産は国家が侵してはならないと考えられていましたが、公共の福祉のためであれば、一部を税として再分配してもよいと考えられるようになります。
今ではどちらも当たり前の発想です。
ひとつ目は、労働組合の考え方です。労働者は団結することで、雇用主とより対等に交渉できるようになりました。
ふたつ目は、累進課税や相続税のような仕組みです。かつては個人の権利を侵すものと考えられていましたが、経済的な不均衡を是正し、学校やインフラ整備など公共のために使うことが認められるようになりました。
ちなみに、この時代に生まれた社会主義も、民主主義の延長線上で登場した面があります。社会主義で有名なのは「マルクス」です。詳しくは下記で解説しています。
社会主義は独裁的で民主主義と対立する思想だと思われがちですが、実際には、国民の権利をどう守るかを模索する中で生まれた側面もあります。
「資本主義のもとでは、国民の権利は本当に守られているのか」「貧困の中で生きる権利すら保障されないのではないか」という不満から、社会主義は広がっていったのです。
日本の民主主義はいつから始まったのか
では、日本では民主主義はどのように制度化されてきたのでしょうか。
本格的な民主主義国家としての出発点は、第二次世界大戦後です。日本は明治維新後に急速に近代化したといわれますが、それは主に経済や軍事の面での近代化でした。
日本は富国強兵によって経済的には大きく成長し、欧米列強に並ぶほどの力を持つようになりましたが、政治制度の面では軍国主義の色合いが強いものでした。
敗戦後、日本はポツダム宣言を受け入れ、基本的人権の尊重と民主的な政府の樹立を求められます。そして、それに基づいて国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の三原則を柱とする日本国憲法を制定(1946年)し、民主主義国家への道を歩み始めることになりました。
まとめ
民主主義とは、何度も述べてきたように、「人民の意見が政治に反映される政治体制」です。そして、それを支える思想や制度は、歴史とともに変化し、拡張され続けてきました。
私たちは民主主義を固定的に捉えるのではなく、人々の権利をどう守るか、人々の意見をどう政治に反映させるか、という原点に立ち返って考える必要があります。
もともと社会主義も、民主主義を経済面から実現しようとした試みの一つでした。しかし、それが独裁へと変質し、国民の主権を侵害する体制になることもありました。だからこそ私たちは、民主主義国家の一員として、「本当に民主的なのか?」を絶えず問い続ける必要があるのかもしれません。


