マルティン・ハイデガーは、20世紀ドイツを代表する哲学者であり、現代哲学に大きな影響を与えた人物です。
彼の思想をひとことで言えば、西洋哲学の歴史そのものを問い直し、それを批判的に乗り越えようとした哲学だといえます。そのため、ハイデガーを深く理解するには、アリストテレス、デカルト、カント、ニーチェなど、西洋哲学の大きな流れをある程度知っておく必要があります。
マルティン・ハイデガーとは?

マルティン・ハイデガーは、ドイツ出身の哲学者です。南ドイツのカトリック圏に生まれ、フライブルク大学に進学しました。もともとは神学を学んでいましたが、のちに哲学へと進路を変えます。
初期には無名の講師のもとで学んでいましたが、フッサールがフライブルク大学に来たことをきっかけに、その影響を強く受けるようになります。フッサールは当初ハイデガーに冷淡だったとも言われますが、第一次世界大戦後には強く期待を寄せ、自らの後継者として扱うようになります。
その後、ハイデガーは大学内で地位を築いていきますが、カトリック系ポストの人事では、彼の思想がモダニズム寄りだと見なされたこともあり、希望するポストを得られませんでした。
カトリックからプロテスタントへ

そこでハイデガーは、カトリック系大学でのキャリアをいったんあきらめ、プロテスタント系大学へ活路を見いだします。その際に提出した「ナルトプ報告」が高く評価され、マールブルク大学の助教授に採用されました。
マールブルク大学時代のハイデガーは、論文の数こそ多くありませんでしたが、講義の評判が非常に高く、各地から聴講生が集まったと言われています。
プロテスタントから形而上学へ

マールブルクで名声を高めていたハイデガーは、フッサールの定年退職を機に、フライブルク大学へ戻り、教授職を得ます。
その背景には、ハイデガーが神学よりも形而上学を重視する立場を強めていったことがあります。彼は次第に神学者たちと距離を置き、哲学そのものの根本問題へ向かうようになります。
この流れの中で書かれたのが、彼の主著『存在と時間』です。この本によってハイデガーは一躍哲学界の中心人物となりました。
彼のキャリアをまとめると、下記の図のようになります。

ハイデガーのナチス加担

ハイデガーを語るうえで、ナチスへの加担は避けて通れません。思想だけを知りたい方は読み飛ばしても構いませんが、彼の立場を理解するうえでは重要な背景です。
ハイデガーがナチスに接近した背景には、第一次世界大戦後のドイツ社会の混乱がありました。敗戦国となったドイツは多額の賠償金を課され、国内経済は深刻な打撃を受けます。
その結果、多くのドイツ企業や市民が困窮し、ハイパーインフレも発生しました。こうした社会不安の中で、既存秩序を根本から変えようとする政治運動が支持を集めていきます。

元をたどれば、戦後ドイツに課された大きすぎる負担が、国内の混乱を深めた面がありました。ドイツは賠償金支払いのためにマルクを大量発行し、深刻なインフレに陥ります。この点は下記の記事でも解説しています。
もちろん、ハイデガーがナチスを支持したことは重大な問題ですが、それは単純に大量虐殺を支持したというより、既存の社会や価値観を根本から変革しようとする運動に期待した面があったとも考えられます。彼の哲学もまた、西洋全体の価値観を問い直す試みだったため、その点で時代の急進的変化に共鳴した可能性があります。
ただし、それはナチスの暴力や迫害を正当化するものではありません。この点は思想と政治的判断を区別しつつ考える必要があります。
ハイデガーの思想
ハイデガーの思想を理解するには、『存在と時間』だけでは不十分です。彼はフライブルク大学でのポスト獲得のために書いた「ナルトプ報告」を土台にして、『存在と時間』を書きました。しかし『存在と時間』は未完に終わっています。
そのため、ハイデガーの思想全体を理解するには、「ナルトプ報告」「存在と時間」「現象学の根本問題」をあわせて読む必要があります。
では、順番に見ていきます。
ナルトプ報告とは?
「ナルトプ報告」の正式な題名は『アリストテレスの現象学的解釈―解釈学的状況の提示』です。
題名だけ見ると難解ですが、言いたいことは比較的シンプルです。
アリストテレスにおける「存在する」とは、「制作されてある」という意味で理解されている
実際、『存在と時間』の序論では、刊行されなかった第二部で、この問題を西洋哲学史全体に広げて論じる予定だったことが示されています。
つまり、アリストテレスだけでなく、その後の西洋哲学全体が、「存在は作られてある」「制作されてある」という存在理解を引き継いできたことを明らかにしようとしていたのです。
ちなみにこのサイトでは、プラトン / アリストテレス / デカルト / カント / ヘーゲルについて解説していますが、それらを通して読むと、「存在は制作されてある」という発想が一貫して受け継がれていることが見えてきます。

これに対して、プラトンやアリストテレス以前の古代ギリシャ的な存在理解では、存在は「なり出でてある」、つまり生き生きと生成し、変化しながら現れるものとして捉えられていました。

この存在論については、下記のプラトンの記事でも詳しく解説しています。
つまりハイデガーは、西洋哲学に一貫して流れてきた「存在は制作されてある」という存在理解そのものを批判し、それを乗り越えようとしたのです。
ハイデガーはニーチェからも大きな影響を受けており、ニーチェと同様に、存在を「生成」として見る方向へ価値観を転換しようとしました。
存在と時間とは?
- <上巻>
- 序論
- 第一部 現存在を時間性へ向けて解釈し、時間を存在への問いの超越的地平として究明する
- 第一篇 現存在の準備的な基礎分析
- 第二篇 現存在と時間性
- <下巻>
- 第三篇 時間と存在
- 第二部 テンポラリテートの問題群を手引きとして存在論の歴史を現象学的に解体する
- 第一篇 カント
- 第二篇 デカルトから中世存在論へ
- 第三篇 アリストテレスと古代存在論
このうち実際に刊行されたのは、上巻の第一部のみです。ここでは現存在、つまり人間存在の分析が行われています。
一方で、刊行されなかった第二部では、存在論の歴史をさかのぼりながら、伝統的西洋哲学の存在理解を解体することが構想されていました。
つまり、カント→デカルト→アリストテレスへと歴史を遡り、それらがみな「存在は制作されてある」という理解を共有していることを明らかにしようとしていたのです。
この本の中心テーマである「存在一般の意味の究明」が本格的に扱われる予定だったのは、未刊に終わった下巻第三篇「時間と存在」でした。
したがって、『存在と時間』第一部だけを読んでも、ハイデガー思想の全体像はつかみにくいのです。
その後の講義録『現象学の根本問題』には、「存在と時間」第三篇の新たな仕上げにあたるという趣旨の記述があり、そこに彼の思想の核心があると考えられます。
現象学の根本問題とは?
『現象学の根本問題』では、『存在と時間』とは逆の順序で議論が進みます。まず存在論の歴史的考察を行い、そのうえで伝統的存在論を批判し、乗り越えようとします。
これも未完に終わっていますが、ハイデガーが一貫して主張していることは明確です。すなわち、西洋哲学は長く「存在を制作されてあるものとして理解する」存在概念に支配されてきた、ということです。
存在了解とは?
ハイデガーは、存在を「制作されてある」と見るあり方を存在了解と呼びます。
この存在了解が、カントからアリストテレスに至るまで一貫して貫かれていると彼は考えました。
ハイデガーの思想の要旨
ハイデガーは、「ナルトプ報告」「存在と時間」「現象学の根本問題」を通して、西洋哲学全体に「存在は制作されてある」と捉える思想が長く受け継がれてきたことを明らかにしようとしました。
そして、『形而上学入門』や『ニーチェ』など後期の著作も合わせて考えると、彼が目指していたのは、ヨーロッパ全体を覆ってきたこの存在了解を批判し、乗り越えることだったと理解できます。
さらに彼は、ニーチェの影響を受けながら、存在を「生成」として捉える古代ギリシャ以前の価値観を、西洋の「存在=制作」という価値観と対比させることで、新たな思考の可能性を探ろうとしました。

つまりハイデガーは、西洋を長く支配してきた「すべてのものは作られてある」という価値観に対して、「存在は生き生きと生成し、変化しながら、なり出でてある」という古い存在理解を再び呼び起こそうとした哲学者だといえます。
ニーチェについては下記で詳しく解説しています。ニーチェは伝統的存在論を批判しましたが、ハイデガーはそれをさらに歴史的にさかのぼって問い直したとも言えるでしょう。
哲学を知るのにおすすめの本
哲学を学ぶうえでおすすめしたい本は、『反哲学入門』です。
哲学史全体をここまで体系的に整理している入門書は多くありません。一冊読んでおくだけで、専門的な本に進んだときの理解がかなり深まります。哲学とは何かという問いを軸に、さまざまな哲学者が整理されており、基礎固めに向いています。
まとめ
ハイデガーについて改めてまとめると、下記の通りです。
- アリストテレスからカントに至るまで、西洋哲学には「存在は作られて・制作されてある」とみる存在論が貫かれていると考えた。
- この存在論は、宗教・科学・芸術を含むヨーロッパ全体の価値観を長く支配してきたと捉えた。
- その伝統的存在論を批判し、古代ギリシャ以前の「存在は生成し、変化しながら、なり出でてある」とみる価値観へ向かおうとした。
これが、ハイデガー思想の大まかな要旨です。さまざまな文献を総合すると、彼はニーチェ以後の課題を引き継ぎつつ、西洋全体を覆う存在論を、歴史を遡りながら批判し乗り越えようとした哲学者だと言えるでしょう。
『存在と時間』第一部だけを読んでも全体像をつかみにくいのは、この思想が西洋哲学史全体を視野に入れて構成されているからです。



