ニーチェの思想を分かりやすく解説 – 力への意思、ニヒリズム、生など10分で解説

ニーチェはドイツ出身の19世紀の哲学者です。名前はかなり有名で、誰しも一度は聞いたことがあると思います。

伝統にとらわれず自由な発想で物事を考えたと思われていますが決してそうではありません。過去の哲学の変遷を理解していないと、彼の思想の根本的な部分を理解することは難しいです。

この記事では、ニーチェの思想を可能な限りわかりやすく解説します。また彼の主著「力への意志」で何を伝えたかったのか理解することができます。

下記の記事で、哲学史をわかりやすく一気に解説していますので、ご一読いただくと、より理解が深まります。

哲学とは何か? 重要な哲学者の思想を歴史に沿ってわかりやすく解説

ニーチェ以前と以後

ニーチェの思想を理解するには、ニーチェの哲学史上の位置づけについて理解する必要があります。

まず、ニーチェが登場する以前と以後の思想では、180°異なります。ニーチェによって大転換が起こったと言って良いでしょう。私が、これまでソクラテスプラトンアリストテレスからカントヘーゲルまで解説してきましたが、ニーチェをこの流れに一直線上に並べることはできません。

なぜかというとニーチェは、「これまでの哲学」と呼ばれる学問体系のいっさいを批判し、それを乗り越えようとしたからです。

では、ニーチェが乗り越えようとした「これまでの哲学」とは何なのでしょうか?

それは、「超自然的原理」(言い換えると形而上学的原理)を立てて、それを媒介にして、自然を観察し、自然と関わるような思考様式のことです。「超自然的原理」はプラトンのもとでは「イデア」、アリストテレスのもとでは「純粋形相」、デカルトのもとでの「理性」など、名前を変えながら継承されています。

哲学者
超自然的原理
プラトン
イデア
アリストテレス
純粋形相
デカルト
理性

つまり、「哲学」という学問体系自体が、「超自然的原理」を用いた思考体系だということです。

ニーチェは、その哲学一般の思想体系を批判し乗り越えようとしました。ニーチェは哲学批判とは実際には言わず「プラトニズムの逆転」と表現していますが、ニーチェ以前の哲学はすべてプラトンの解釈であると言われてますから、哲学批判を試みたと言えるでしょう。

ちなみに、同時期に経済学でも同じように経済学批判が行われています。その代表人物はマルクスで、当時の経済学である「古典経済学」を批判し、乗り越えようとしました。下記の記事で詳しく解説しています。

10分でわかるマルクスの「資本論」入門。初心者にも分かりやすく要約・解説します。

様々な分野で、これまでの学問を批判し乗り越えようとする動きが見られたと言えます。

実存主義とは何か?

ニーチェはよく実存主義の哲学に分類されると言われます。実存主義とは大雑把にいうと

哲学の伝統にこだわらずに自分自身との対話の中でものを考える立場

です。しかし、これはちょっと言い過ぎです。

なぜなら、ニーチェは古典文献学者として経歴をスタートし、様々な西洋哲学の伝統をきちんと理解しているからです。

ニーチェは詩人哲学者なの?

また、ニーチェは詩人哲学者とも言われています。抽象的な話や体系的な話を嫌い、より具体的で詩人的な話を好んだと言われたためです。

実際に彼は自らを「詩人哲学者」と呼ぶこともありましたが、一方で、「抽象的思索は祝祭であり陶酔だ」とも語っている通り、かつての哲学者のような思考様式を嫌っていたというわけではなさそうです。

ニーチェの思想のはじまり

ニーチェの最初の研究テーマは、ギリシャ悲劇の成立史でした。その成果が「悲劇の誕生」という書籍です。

まずはこの本について理解し、そして彼の主題でもある、この悲劇をどう乗り越えたかを説明していきます。

悲劇の誕生とは何か?

ニーチェはこの悲劇の誕生で、「悲劇」という芸術様式が、どのように誕生したのかを考えました。ちなみに悲劇は、古代ギリシャで誕生した芸術様式で、脈々とニーチェの頃まで受け継がれていました。

ニーチェは悲劇とはアポロン的なものディオニュソス的なものという原理を立て、その二つの原理が結びついて「悲劇」が誕生すると考えました。

まずアポロン的なものは、オリンポスの神々に代表されるように、青空をバックに真っ白な彫刻や神殿があるような美しい世界のことです

逆にディオニュソス的なものは、オリンポスの神を祭る表向きの姿とは別に、夜な夜な森に集まり、欲望のままに、男女が入り乱れ、デュオニソスの神を祭る密儀があり、そういった雰囲気のことを呼びます。

悲劇という芸術様式は、鬱々しい欲望の世界の中から、アポロン的な晴れやかな世界を覗き見るという、いわば二つの世界がぶつかることで生まれたものだと、ニーチェは考えました。

悲劇の誕生と哲学の関係

ここで、なぜニーチェは芸術など研究していたのか?と思うかもしれません。

しかし、この「アポロン的なもの」と「デュオニソス的なもの」は、哲学と非常に関係が深い言葉です。ここも理解しておく必要があります。

まず、「アポロン的なもの」とは、哲学でいうと、ショーペンハウアーの「表象としての世界」を、「デュオニソス的なもの」は、「意志としての世界」の言いなおしでした。

さらにいうと、「表象としての世界」は、カントの「現象界」、「意志としての世界」は、「物自体界」の言い換えです。下図の通りです。

カントの「現象界」と「物自体界」については下記のリンクで詳しく解説しています。

10分でわかるカントの思想 – 純粋理性批判をわかりやすく解説

つまり、ニーチェは一見関係のない芸術様式の研究から、ギリシャ以降続く、西洋を覆う思考様式(哲学)について、理解しようと試みたと言えます。

力への意思とは? ニーチェの主著での思想

ニーチェは、人生も後半に差し掛かり「力への意思」の執筆に取り掛かります。

最初に述べたように、ニーチェはこの著書で、西洋哲学の批判を始めることになります。力への意思の副題は「すべての価値の転倒の試み」です。

つまり、ギリシャ以降、西洋全体を支配してきた哲学(プラトニズム)総体を批判し、そして批判するだけでなく、全く新しい価値基準を打ち立てようとしたと言えます。

この著書はざっくりと下記の流れで構成されます。

  1. ヨーロッパのニヒリズム
    ヨーロッパ全体を覆う虚無感(ニヒリズム)とは何かを説明する
  2. 最高価値を批判し、ニヒリズムを克服する
    ヨーロッパで認められ続けてきた最高価値を批判し、そのニヒリズムを克服する
  3. 新たな価値を設定する
    過去の最高価値を批判し、新たな最高価値を設定する。それによってニヒリズムを乗り越える

. ヨーロッパのニヒリズム

当時のヨーロッパは虚無的な精神状態に覆われていました。その理由をニーチェは、過去から現在までヨーロッパの文化形成を導いてきた最高価値が失われたからだと考えました。

最高価値とは、「超感性的な」言い換えると「超自然的原理」のことです。最初に説明した通り、それはプラトンのイデアであり、アリストテレスの純粋形相なわけですが、そのような「超感性的な」価値が揺らいでいると悟ったことによって、ヨーロッパのニヒリズムが引き起こされたのだと考えました。

ニーチェの有名な言葉に「神は死せり(神は死んだ)」がありますが、つまり、最高価値と考えていた、超感性的な原理、言い換えれば「神」の価値が揺らいだことを表現した言葉です。

ではなぜ、神は死んだのでしょうか?

ニーチェは「超感性的なもの」は、もともと存在するものではなく、人間を支配するために作られたものに過ぎないからだと考えました。もともと存在しないのに、その価値を目指し、努力を続けても到達することなんてできません。だからニヒリズムに陥ってしまうのだと考えました。

ちなみに、ニーチェは、もともと存在しない「超感性的なもの」を設定した元凶はプラトンだと考えました。キリスト教は民衆のためのプラトニズムであると痛烈に批判しています。

下記にプラトンの思想を解説していますが、プラトンがイデアを設定し、世界は作られて存在すると考えた背景には政治の腐敗がありました。つまり、ニーチェが考えた、人間を支配するための価値基準が「超感性的なもの」だという批判はその通りだということになります。

10分でわかるプラトンの思想の本質 – イデア論、形相、質量をわかりやすく

. 最高価値を批判し、ニヒリズムを克服する

ニーチェは、最高価値の喪失を消極的に嘆くのではなく、最高価値を積極的に批判していけば良いと考えました。

もともと存在しない「超感性的なもの」「超自然的なもの(形而上学的なもの)など、無くなって然るべきで、それ自体必要ないものだと考えればニヒリズムを克服できると考えました。

しかし、「超感性的なもの」がなくなったら、何に価値を求めれば良いのでしょうか?お金が価値があると思っていたのに、いきなりお金がない世界を信じろと言われても難しいですよね。

そこでニーチェは、取って代わるような、あらたな価値を設定しようとします。いわばニヒリズムに対する処方箋を施します。

. 新たな価値を設定する

では、新たな価値をどこに求めれば良いのでしょうか?

超感性的・超自然的なものが否定された今、残されたものは感性的世界、つまり「自然」しかありません。超自然的な原理が設定されている時は、「自然」は、質料(ヒュレー/マテーリア)、つまり死せる物質(マテリアル)でしかありませんでした。

しかし、超自然的な原理が否定され、自然は再び生命力を取り戻すことになります。つまり、自ずから生き生きと生成するという自然観です。プラトン以前の思想家たちの考え方です。

それをニーチェは「生(レーベン)」という概念で説明していますが、生(レーベン)の本質とは「力への意思」であると説明しています。つまり、今あるものより大きくなろうとする、生き生きと変化するということを「力への意思」という妙な言葉で表現しています。

再度まとめると下記の通りです。

超自然的なものが否定されて、残されたのは「自然(=生(レーベン))であり、その生(レーベン)は、「力への意思」によって説明される。力への意思とは、つまり、今よりもより大きくなろうとする、生き生きと変化するものである。

つまりニーチェはプラトン以降に西洋を覆っていた超自然的原理を否定して、プラトン以前の古代ギリシャ思想に巻き戻したともいえます。古典文献学者だったニーチェだからこそ、この思想に行き着いたと言えるかもしれません。

哲学を知るのにおすすめの本

木田 元 (著)

私が哲学を学ぶ上でおすすめしたい本は「反哲学入門」です。

様々な哲学本を過去読んできましたが、ここまで哲学史を体系的にまとめている本はありません。入門書としてこの一冊を読んでおけば、専門的な本を読んだとしても、かなり理解しやすくなると思います。哲学とは一体何か?というところにフォーカスして様々な哲学者を解説しており、基礎的な理解をする助けになります。

まとめ

ニーチェの思想についてまとめました。わかりやすくまとめようと努力しましたが、ニーチェの思想は過去の哲学思想を批判し乗り越えるということを主題としているため、過去の哲学思想の流れを理解していないと、かなり難しいかもしれません。

ニーチェは実存主義と言われ、過去のニーチェは哲学を理解していなくても理解できると勘違いされますが、格言などを除き、細かな点をしっかり理解するには、これまでの哲学史をすべて理解していないとかなり厳しいです。

ざっくりとこのサイトでは、ニーチェ以前の思想家についても全てまとめていますから、ご覧になられると、より理解が深まると思います。全て読んでもそんなに時間はかからないと思います。哲学を読めば芸術論や経済学、政治学についても理解しやすくなります。なぜならすべての思想の基盤だからです。是非とも理解いただけたらと思います。

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