哲学とは何か?重要な哲学者の思想を歴史の流れでわかりやすく解説

哲学はしばしば「人生論」と混同されますが、本来の哲学はそれとは異なります。

この記事では、「哲学とは何か」をわかりやすく解説したうえで、プラトン、アリストテレス、デカルト、カント、ヘーゲル、ニーチェといった代表的な哲学者たちが、世界や存在をどのように考えたのかを整理して説明します。

哲学を「生き方のヒント」や「人生論」として捉えていた方も、読み終える頃には、哲学とは本来どのような学問なのかが見えてくるはずです。

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木田 元 (著)

哲学とは何か?

「哲学とは何か?」という問いに対して、「知を愛すること」と説明されることがあります。これは語源としては正しいですが、それだけで哲学の中身を説明したことにはなりません。

哲学は英語で philosophy といいます。たしかに語源をたどれば「知を愛すること」という意味ですが、歴史上の哲学者たちは単に知識を愛していたわけではありません。

では、哲学者たちは何を考えてきたのでしょうか。結論からいえば、哲学の中心には常に「存在とは何か?」という問いがありました。

哲学とは何か

ソクラテスからニーチェに至るまで、多くの哲学者は、世界にあるあらゆる「存在」について、なぜそれがあるのか、どのように存在しているのかを問い続けてきました。

哲学とは?
「存在とは何か?」を考える学問

たとえばプラトンは、この「存在」をどのように捉えたのでしょうか。

彼は、存在を作られて存在するものとして考えた最初の重要人物でした。世の中にあるものは、ただ自然にそこにあるのではなく、何らかの原理や設計図に基づいて成り立っていると考えたのです。

プラトン 哲学の第一歩を踏み出す

プラトン

プラトンは哲学史において最初の大きな出発点となる人物です。なぜなら、近代に至るまで長いあいだ、哲学は基本的にプラトンの問題設定を受け継ぎながら発展していったからです。

「哲学のほとんどはプラトンの注釈にすぎない」と言われることもあります。それほどまでに、プラトンの影響は大きいのです。

イデアという考え方

「イデア」という言葉を一度は聞いたことがあるかもしれません。これはプラトン哲学の中心概念です。

プラトンは、何かが「作られてある」と考える以上、その背後には設計図のような「あるべき姿」があるはずだと考えました。その完全な原型を、彼は「イデア」と呼びました。

そして、現実に私たちの目の前にあるものは、その完全なイデアが不完全な形で現れたものにすぎないと考えます。これが「形相(エイドス)」です。

また、「形相(エイドス)」を形作る素材、たとえば木や石のようなものを「質料(ヒュレー)」としました。

イデア論

つまりプラトンにとって最も重要なのは「①イデア」であり、現実世界の存在である「②形相(エイドス)」や「③質料(ヒュレー)」は、それより下位にあるものでした。

このイデア論の特徴は、超自然的な原理を設定し、それを現実よりも高次のものとした点にあります。現実世界の存在は、あくまでその完全な原理の影のようなものだと考えたのです。

この考え方は、後にキリスト教世界に取り込まれ、中世ヨーロッパの思想に大きな影響を与えることになります。

なおプラトンについてより詳しく知りたい方は、下記のリンクで解説しています。

プラトンの思想をわかりやすく解説|イデア論・存在論・哲学史への影響

ソクラテスは哲学の祖?

ソクラテス

「哲学の祖」といえばソクラテスを思い浮かべる方も多いでしょう。たしかに彼は哲学史において極めて重要な人物です。

ただし、ソクラテス自身が体系的な存在論を打ち立てたわけではありません。彼の役割は「問答」によって、それまで当たり前とされていた知識や価値観を徹底的に問い直したことにあります。

いわばソクラテスは、古代ギリシャの知の土台をいったん更地にしました。そのうえで、プラトンのような大胆な思想が登場する余地が生まれたともいえます。

つまり、「世界にあるものは理想的な原型に基づいて作られているのではないか」というプラトンの発想は、ソクラテスによる徹底した問い直しのあとに現れたのです。

作られてある思想は突飛な考え方

では、プラトン以前のギリシャ人は、存在をどのように考えていたのでしょうか。

古代ギリシャでは、存在はなりいでてあるものだと考えられていました。

なりいでてあるとは、自らの力で生まれ出て、変化し、存在するということです。たとえば木や花を見たとき、多くの人は「誰かが設計図をもとに作った」とは考えず、自然に生まれ出たものだと感じるでしょう。

その意味で、プラトンの「作られてある」という考え方は、当時としてもかなり特殊で大胆なものだったのです。

古代ギリシャの存在観

しかしこの「作られてある」という発想は、後にキリスト教と結びつくことで強い影響力を持ち、ヨーロッパ思想の基礎となっていきます。

存在論の転換

ソクラテスの思想について詳しく知りたい方は下記のリンクで解説しています。

ソクラテスの思想をわかりやすく解説|哲学とは何か・無知の知・ソクラテスの弁明

アリストテレス 行き過ぎた考えを修正する

アリストテレス

アリストテレスはプラトンの弟子ですが、師の思想をそのまま受け継いだわけではありません。

彼は、プラトンの「作られてある」思想だけでは自然物を十分に説明できないと考えました。

人工物なら設計図という考え方で説明できますが、自然物まで同じように考えるのは無理があると判断したのです。

アリストテレスの哲学

そこでアリストテレスは、「形相(エイドス)」と「質料(ヒュレー)」を、「可能態(ディナミス)」と「現実態(エネルゲイア)」という枠組みで捉え直しました。

たとえば、木の種は木になる可能性を持つ「可能態」です。そして実際に木として成長したものが「現実態」です。さらに木は、机になる可能性も持っています。

可能態と現実態

つまりアリストテレスは、プラトンの極端な「作られてある」思想を修正し、自然の変化や生成を説明できる存在論へと広げたのです。

アリストテレスの存在論

純粋形相とは何か?

もっとも、アリストテレスはプラトン的な超越原理を完全に捨てたわけではありません。

可能態から現実態へという運動が続くなら、その運動には最終的な目的地があるはずだと考えました。

この最終目的地を、アリストテレスは「純粋形相」と呼びました。これは、プラトンのイデアに近い役割を持つ概念です。

純粋形相

つまりアリストテレスは、プラトンを修正しながらも、最終的にはやはり超越的な原理を残したのです。

より詳しくアリストテレスについて知りたい方は下記のリンクで解説しています。

アリストテレスの思想をわかりやすく解説|形而上学・可能態と現実態・純粋形相の要点

哲学の二つの源流

哲学史を大きく見ると、最重要人物はプラトンとアリストテレスです。その後の哲学は、長いあいだこの二人の思想の間を往復しながら展開していきました。

中世以降、この二つの流れはおおまかに、プラトン系はアウグスティヌス主義、アリストテレス系はトマス主義として発展していきます。

哲学の二つの流れ

アリストテレス-トマス主義

13世紀頃まではプラトンの権威が強かったものの、12〜13世紀になるとアリストテレス哲学が徐々にキリスト教神学に受け入れられていきました。

アリストテレスは、世界を単なる材料の集まりではなく、内的な力によって変化し、目的に向かう存在として捉えました。そしてその究極的な目的地を「純粋形相」としたのです。

この「純粋形相」は、プラトンのイデアに対応するような役割を持っていますが、彼岸にある超越的世界というより、現実世界の運動の先にあるものとして考えられます。

アリストテレスとトマス主義

この見方によれば、「神の国」と「地の国」は完全に断絶しているのではなく、連続したものとして理解できます。

神の国と地の国

この思想は、教会が現実社会に関与することを正当化しやすかったため、キリスト教の正統的教義として取り込まれていきました。

プラトン-アウグスティヌス主義

一方で、13世紀以降、ローマ教会の腐敗が進むにつれて、教会と世俗権力を切り分けようとする流れも強まります。

その中で、再びプラトン的な発想が復活します。つまり、「神の国」と「地の国」は明確に区別されるべきだという立場です。

プラトンとアウグスティヌス主義

このプラトン-アウグスティヌス主義の流れの中で登場する重要人物が、デカルトです。

デカルト 近代哲学の祖

デカルト

デカルトは、アリストテレス的世界観が主流だった時代に、プラトン的発想を近代的な形でよみがえらせ、近代哲学の出発点を作った人物です。

彼の重要な課題は、次の2点でした。

  1. 自然科学が偶然うまくいったのではなく、必然的に正しいものであることを論証する
  2. 自然科学が神に背くものではないことを論証する

デカルトの思想

当時、ガリレオやケプラーなどによって自然科学は大きく進展していました。しかし、なぜそれが正しいのかという哲学的基礎づけが必要でした。

また、自然科学は教会から警戒されていたため、それが信仰と矛盾しないことを示す必要もありました。

①. 自然科学の正しさの証明

デカルトは、自然科学の正しさを証明するために、次のようなステップで論理を組み立てます。

  1. 神は人間に平等に理性を与えているはずであり、その理性によって明晰に把握されるものは正しい
  2. あらゆるものを疑っていったとき、最後に残る確実なものは思考する主体である
  3. 感覚的なものを取り除くと、残るのは量や数などの数学的関係である
  4. したがって、数学的に把握される自然科学は、神が与えた理性によって正しく認識されうる

要するにデカルトは、感覚ではなく理性によって捉えられる量的・数学的関係こそ、確実な知識だと考えたのです。

我思うゆえに我ありの真意

デカルトの「我思う、ゆえに我あり」はよく人生論の文脈で引用されますが、本来の意味はかなり異なります。

この言葉は、近代的な自我の讃美というより、徹底的に疑ってもなお残る確実なものとして「思考する主体」を示したものです。

つまりデカルトは、人間論を語っていたというより、知識の確実な基礎を探していたのです。

②. キリスト教に背かないという論証

デカルトは、自然科学が神に背かないことも同時に示そうとしました。

アリストテレス的な自然観は、世界の目的を人間が勝手に解釈してしまう危険があると彼は考えます。

それよりも、肉体的感覚を離れて、量的関係だけを理性で捉える方が、むしろ神の秩序を尊重していると考えたのです。

この点からも、デカルトは「神の後見のもとで自然科学を正当化した哲学者」だといえます。

今までは神の世界は人間にとって超越的で知りえないものとされていました。しかしデカルトは、量的関係に限ればその秩序を理解できると考え、大きな転換をもたらしました。

ただし、まだこの時点では人間が完全に自立したわけではなく、あくまで神の後見のもとで世界を理解しているにすぎません。

より詳しくデカルトについて知りたい方は下記のリンクで解説しています。

デカルトの思想をわかりやすく解説|方法序説・省察・我思うゆえに我ありの意味

カント 本当の近代の訪れ

カント

カントを理解するには、その前提として古典的理性主義を押さえる必要があります。デカルトもその代表の一人です。

デカルトの立場を簡単にまとめると、次のようになります。

  • 人間は神から与えられた理性を持っている
  • その理性は主観的な性格ではなく、誰にでも平等に与えられたものだ
  • その理性を正しく用いれば、世界の法則を理解できる

カントの哲学

つまり古典的理性主義とは、「人間は神の後見によってのみ世界の理法を理解できる」という立場です。

しかし18世紀になると、啓蒙思想啓蒙的理性主義が登場します。その中心人物がカントです。

啓蒙とは、自らの理性によって暗闇を照らすことを意味します。神に頼らず、人間自身が理性によって世界を理解しようとする態度です。

啓蒙思想

この意味で、本当の意味での近代は、神の後見を離れたカントにおいて始まるといえます。

純粋理性批判

カント思想の中心は『純粋理性批判』です。

この書物でカントが試みたのは、次のことでした。

人間理性の自己批判によって、人間理性が有効な範囲と、及ばない範囲を明らかにする

経験主義の限界

では、なぜそのような作業が必要だったのでしょうか。

当時、ロック、バークリー、ヒュームらによる経験主義が大きな影響力を持っていました。

経験主義は、人間が得られる認識はあくまで経験に基づくものであり、絶対的真理を把握することはできないと考えます。

たとえば「リンゴは赤い」という認識も、経験した人々の間で共有される程度のものであって、神のような絶対的視点から保証された真理ではない、ということです。

経験主義

物自体界と現象界

しかしカントは、経験主義だけでは説明できないものがあると考えました。

もし人間が経験的認識しか持てないのなら、なぜ「1 + 1 = 2」のような数学的認識や、ニュートンの物理法則が成り立つのだろうか?

そこでカントは、人間の認識には限界がある一方で、一定の範囲では普遍的な認識が可能だと考えます。

  • 人間理性に理解しやすい形で現れる「現象界」に限っては、理性的認識が可能である
    → 数学や物理法則など
  • それに対して、人間の認識枠組みを離れた「物自体界」については、理性による完全な把握はできない

現象界と物自体界

つまりカントは、人間理性が有効なのは「現象界」に限られると主張したのです。

より詳しくカントについて知りたい方は下記のリンクで解説しています。

カントの思想をわかりやすく解説|純粋理性批判・現象界・物自体界の要

ヘーゲル カントの二元論を統合する

ヘーゲルは、カントの思想をさらに発展させようとした哲学者です。

カントは、人間理性は現象界にしか届かず、物自体そのものには及ばないと考えました。

しかしヘーゲルは、人間の思考の枠組みがより豊かになれば、それだけ理解できる世界も広がると考えました。

たとえば「量」だけでなく、「因果関係」などのより高度なカテゴリーがあれば、現象界をさらに深く理解できます。

ヘーゲルの思想

もしカテゴリーが際限なく発展していくなら、理解できない世界はどんどん縮小していくことになります。

この意味でヘーゲルは、人間理性が世界全体を理解する方向へ向かう可能性を示したのです。

より詳しくヘーゲルについて知りたい方は下記のリンクで解説しています。

ヘーゲルの思想をわかりやすく解説|カント批判・弁証法・絶対精神の要

ニーチェの思想 価値観の大転換

ニーチェ

ここまで見てきたヨーロッパ哲学の流れに対して、価値の大転換を試みたのがニーチェです。

プラトン以来、ヨーロッパ哲学は、超越的な原理を最高価値としてきました。しかしニーチェは、そのような原理そのものを否定します。

つまり、イデアのような超越的世界や、神が与えた精神といったものは、人間を支配するために作られた虚構にすぎないと考えたのです。

ニーチェの哲学

そしてニーチェは、これまで低く見られてきた現実の存在そのもの、すなわち形相や質料の側にこそ価値があると考えました。

この意味でニーチェは、プラトン以来の哲学全体を批判し、その価値体系を反転させようとした人物だといえます。

ニーチェを単なる格言家のように見ると本質を見失います。彼は、ヨーロッパ哲学の根本に対して批判を行った思想家なのです。

ニーチェは、ヨーロッパのニヒリズムを克服しようとしました。つまり、存在しない超越的原理に価値を置き、現実の世界を低く見る思想を乗り越えようとしたのです。

ニーチェやハイデガーについて詳しく知りたい方は下記のリンクで解説しています。彼らがプラトン思想の何を乗り越えようとしたのかを詳しく説明しています。

ニーチェの思想をわかりやすく解説|力への意志・ニヒリズム・価値転換の要点ハイデガーとは?思想をわかりやすく解説|存在と時間・存在論の要点

まとめ

ここまで、哲学とは何かを理解するために重要な哲学者たちの流れを大まかに見てきました。個別の哲学者だけを読むと難しく感じますが、流れで捉えると、哲学史の骨格は意外と整理して理解できます。

要点をまとめると、次の通りです。

  • 哲学とは、「存在とは何か?」を考える学問である。

  • プラトンは、イデアという超越的原理を設定し、現実の存在はその不完全な現れにすぎないと考えた。

  • アリストテレスは、プラトンの思想を修正し、自然物の変化や生成を説明できる存在論を築いた。

  • 中世以降の哲学は、プラトン的な流れとアリストテレス的な流れの間を行き来しながら展開した。

  • デカルトは、自然科学を正当化しつつ、近代哲学の出発点を作った。

  • カントは、人間理性が有効な範囲と限界を明らかにし、本当の意味で近代的な哲学を切り開いた。

  • ヘーゲルは、人間理性が理解できる世界をさらに拡張しようとした。

  • ニーチェは、超越的原理を否定し、哲学の価値体系そのものを転換しようとした。

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