プラトンの思想をわかりやすく解説|イデア論・存在論・哲学史への影響

プラトンは、西洋哲学の基礎を作った人物です。彼の思想が登場して以来、1000年以上にわたってヨーロッパ世界に大きな影響を与え続けました。

哲学の世界では、「ほとんどの哲学はプラトン哲学の解釈である」と言われるほどで、彼は非常に重要な概念を数多く打ち立てました。一方で、プラトンの考えは難解で、多くの人が理解に苦しみます。

そのため、この記事ではなるべく難しい言葉を使わずに、プラトンの思想を丁寧に解説します。なお、前提知識は必要ありません。

下記の記事では、哲学史全体を一気にわかりやすく解説しています。ざっくり哲学を理解したい方におすすめです。哲学とは何か?重要な哲学者の思想を歴史の流れでわかりやすく解説

プラトンとは?

プラトンは紀元前427年に誕生しました。日本でいえば弥生時代にあたります。

彼は古代ギリシャのアテナイに生まれ、王族の血を引く裕福な家に育ちました。ソクラテスを師とし、のちにアリストテレスを弟子に持ったことでも知られています。

とはいえ、プラトンがソクラテスから体系的な思想をそのまま受け継いだわけではありません。むしろ、師ソクラテスが世の中のあらゆる常識や価値観を問い直したことで、そのあとにプラトン独自の思想が生まれる余地ができたと考えるほうが自然です。

このあたりの経緯については、下記の記事でも詳しく解説しています。

ソクラテスの思想をわかりやすく解説|哲学とは何か・無知の知・ソクラテスの弁明

また、プラトンの弟子であるアリストテレスは、プラトンの思想を修正し、古代ギリシャ的な古い価値観と折衷しようとしました。下記の記事で解説しています。

アリストテレスの思想をわかりやすく解説|形而上学・可能態と現実態・純粋形相の要点

哲学とは何か?

プラトンの思想を理解するには、まず哲学とは何かを押さえる必要があります。哲学にはさまざまな説明がありますが、ここでは「存在とは何か」を考える学問だと思えば十分です。

では、「存在とは何か」という問いへの答えは、大きく二つに分けられます。一つは、存在とは「なり出でてある」という考え方。もう一つは、存在とは「作られてある」という考え方です。

ソクラテス以前の古代ギリシャの人々は、あらゆる万物は、生き生きと生まれ、変化し、そして消滅するものだと考えていました。これが「なり出でてある」という考え方です。日本の八百万の神に近い発想だと思えばわかりやすいでしょう。

しかし、ソクラテス以後、より正確にはプラトンから、この見方は大きく転換します。プラトンは、万物は生き生きと自然に現れているのではなく、すべて「作られて存在している」と考えました。

プラトンは、この発想の大転換を行った人物だと言えます。プラトンがわかりにくい理由の一つは、日本人の感覚では「なり出でてある」発想のほうが自然だからです。目の前の木を見て、それが「作られたもの」だと考えることは、普通はあまりありません。

しかし、この根本的な存在理解の違いをつかめば、プラトン思想はかなり理解しやすくなります。

プラトンの思想とは?

プラトン思想の根本は、先ほど説明した通り、この世の存在は「作られてある」と考えることにあります。

では、何かが「作られてある」と言うためには、その設計図が必要になるはずです。

たとえば目の前に机があるとして、その材料は木でも石でも金属でも構いませんが、まず職人が「机とはこういうものだ」というあるべき姿を思い描いて、それをもとに作るはずです。

この机の「あるべき姿」を、プラトンはイデアと呼びました。ここから有名なイデア論が展開されます。

イデア、イデア論とは?

プラトンのイデアとは、たとえば机なら「机のあるべき姿」のことです。

そして、人間が実際に作った机は、形相(エイドス)として存在すると説明します。また、その形相の材料となる木材や石材などは、質料(ヒュレー)と呼ばれます。

つまり、プラトンは最も理想的な形は「① イデア」であり、そのイデアが一般的な形として現れたものが「② 形相(エイドス)」であり、それは「③ 質料(ヒュレー)」によって作られると考えました。

この考え方の最も特徴的な点は、超自然的な原理である「イデア」を設定し、その下に現実の存在を置いたことです。

世の中の存在は、生まれ、変化し、消滅する生き生きとしたものではなく、イデアの模造として「作られて存在している」と考えられます。そして、そのほかのものは、その材料にすぎません。ちなみに、この質料は、英語のマテリアルの語源にもつながっています。

プラトン思想の歴史的背景

では、なぜプラトンは、超自然的原理である「イデア」を設定し、「作られてある」思想へ進んだのでしょうか。そこには当時の歴史的背景が大きく関わっています。

彼が生きた時代は、アテナイとスパルタのペロポネソス戦争や、その後の三十人政権による混乱など、政治的にきわめて不安定な時代でした。いわば、「成り行き任せ」の国家運営が破綻していくのを、プラトンは目の前で見ていたわけです。

そこでプラトンは、国家は成り行きではなく、理想をもとに作り上げられるべきだと考えました。この発想が、イデア論を生み出す大きなきっかけになったと考えられます。

また彼は旅の途中で、北アフリカのユダヤ人居住区や南イタリアのピュタゴラス教団にも接したとされます。

ユダヤ教では、神という唯一の超自然的原理が万物を作ったと考えます。プラトンが直接そこから強い影響を受けたかは断定できませんが、そうした発想に触れていた可能性は高いでしょう。

また、ピュタゴラス教団では「数」という考え方に触れたと考えられます。たとえば三角形は、現実には不完全な形でしか現れませんが、その完全なあり方は数的・幾何学的に表現できます。プラトンはこの発想からも強い刺激を受けたと見られます。

まとめると、当時の成り行き任せの国家運営を何とかしたいと考えていたプラトンは、ユダヤ教的な超自然的原理や、ピュタゴラスの「数」の思想に触れながら、「作られてある」思想を発想したと考えられます。

実際、弟子のアリストテレスはプラトンの考えを「異教徒風」と表現しています。それだけプラトンの発想は、古代ギリシャの中でも特殊で独創的だったわけです。

また、プラトンは政治にも積極的に関わり、シチリアで自らの理念に基づいた国家運営を試みようとしましたが、うまくいきませんでした。やはり、当時のプラトン哲学は、政治に応用するにはまだ具体性の面で未成熟だったのでしょう。

哲学を知るのにおすすめの本

木田 元 (著)

私が哲学を学ぶ上でおすすめしたい本は「反哲学入門」です。

さまざまな哲学本を読んできましたが、ここまで哲学史を体系的にまとめている本は多くありません。入門書としてこの一冊を読んでおけば、専門的な本を読んだとしてもかなり理解しやすくなると思います。哲学とは何かという問いにフォーカスして、さまざまな哲学者を整理しており、基礎理解の助けになります。

まとめ

プラトンは、存在を「作られてある」と考える独自の存在論を打ち立てた人物です。

彼の思想は、キリスト教と結びつきながら、長いあいだヨーロッパ思想に大きな影響を与えることになります。キリスト教は万物を神が作ったと考えますが、プラトンのイデア論は、その世界観を強力に支える哲学的枠組みとして働きました。

プラトンの思想の中心にあるイデアは、その後、純粋形相や理性など、名前を変えながら受け継がれていきますが、根本では「超自然的原理を設定し、それを参照して世界を理解する」という構造を共有しています。

こうしてプラトンの存在論、すなわちプラトニズムは、良くも悪くも形を変えながら西洋を長く支配する思想となりました。

続いて、プラトンの弟子アリストテレスについては、下記リンクで解説しています。

アリストテレスの思想をわかりやすく解説|形而上学・可能態と現実態・純粋形相の要点

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