「経済学」と聞くと、多くの人が漠然としたイメージを抱いているのではないでしょうか。
なんとなく「お金」や「景気」について研究する学問だとは思っていても、実際にどのような学問なのかを明確に説明するのは意外と難しいものです。
このように「経済学」が曖昧に感じられるのは、社会の変化にあわせて、その考え方自体も大きく変化してきたからです。
この記事では、経済学がたどってきた歴史的な流れを追いながら、その全体像をざっくりつかめるようにわかりやすく解説していきます。
経済学の存在意義とは?
そもそも経済学は、何のためにある学問なのでしょうか。
経済学とは、「社会の資源をどう分配すれば、社会全体がより豊かになるのか」を考える学問だと言えます。

古典経済学から近代経済学、さらに現代の経済学に至るまで、一貫して流れているテーマがあります。それが「資源の分配」です。
たとえばアダム・スミスは、「見えざる手」によって需要と供給がどのように調整されるのかを考えました。表現は変わっても、この問題意識は今も変わっていません。
経済学は「お金持ちになるための学問」ではありません。むしろ、社会全体をどう設計すれば、よりうまく機能するのかを考える学問です。
古典経済学の始まり

古典経済学は、アダム・スミスによって始まりました。彼は「経済学の父」とも呼ばれています。
彼の著書『国富論』には、あの有名な「見えざる手」という考え方が登場します。
アダム・スミスの主張を簡単に言えば、人々は利己的に、自分の利益を求めて生産や消費をしているけれど、その結果として市場全体では価格が自然に調整されるということです。
たとえば、近所の果物屋さんが「りんご」を200円で売っていたとします。しかし、なかなか売れません。よく調べると、隣町の果物屋さんでは同じりんごを180円で売っていたとします。
すると、その果物屋さんは「このままでは売れない」と考えて、150円に値下げするでしょう。
この値下げは、お客さんのためを思って行ったのでしょうか?
そうではありません。自分の利益を守るためです。つまり、価格は善意ではなく、利己心によっても調整されるとアダム・スミスは考えたのです。

こうして彼は、モノの価格は市場の中で自然に決まっていくはずだと考えました。
リカードの比較優位:貿易の原理
古典経済学を語るうえで、もう一人欠かせない人物がリカードです。彼の「比較優位」の考え方は、今でも経済学の基本として扱われています。
リカードの比較生産費説(比較優位)
比較生産費説とは、それぞれの国が、他国と比べてより得意な生産物に特化し、貿易を行うことで、全体として豊かになれるという考え方です。
たとえば、イギリスでは布を労働者100人で200生産でき、ワインは100しか生産できないとします。一方、スペインでは布は50しか生産できないけれど、ワインは90生産できるとします。

この場合、イギリスは布もワインもスペインより多く生産できます。これを絶対優位と呼びます。
しかし、スペインはイギリスに比べて布では勝ち目が薄くても、ワインならまだ強みがあります。そこで、スペインはワインに特化し、イギリスは布に特化する方がよいと考えます。

お互いが得意な生産物に集中した結果、全体の生産量は増え、双方が得をするとリカードは考えました。
比較優位の考え方は有名ですが、リカードはそれ以外にも、地代や賃金、利潤など、経済学の基礎を数多く論じた重要人物です。
マルクスの『資本論』:資本主義社会の限界を解く

古典派経済学は、個人や企業の行動に注目し、市場に任せれば価格は自動的に調整されると考えていました。極端にいえば、「自由放任」でよいという発想に近いものでした。
それに対してマルクスは、市場に任せているだけでは格差が拡大し、やがて資本主義そのものが崩壊すると考えました。
近年では、ピケティの『21世紀の資本』が格差の問題を改めて世に問い直し、マルクスの『資本論』も再び注目されています。
古典派経済学から新古典派経済学へ

古典派経済学は、今の感覚で見ると思想的・哲学的な議論が多く、まだ「使える理論」とは言いづらい面がありました。
それを大きく変えたのが、マーシャルです。彼は既存の経済学を数学を使って体系化し、現実の経済分析に使える形へと整えました。彼以降の経済学は「新古典派経済学」と呼ばれ、大きく発展していきます。
とくに重要なのは、価格決定の仕組みを整理したことです。私たちがミクロ経済学で学ぶ「需要曲線」と「供給曲線」が交わる点で価格が決まるという考え方は、マーシャルによって理論化されました。
古典派経済学と新古典派経済学の大きな違いは、商品の価値をどう捉えるかにあります。

古典派では、商品価値は主に投入された労働によって決まると考えましたが、新古典派では、商品を手に入れたときの満足度(効用)によって決まると考えるようになりました。
これを「限界革命」と呼びます。経済学はここで大きく飛躍しました。
ミクロ経済学の登場:新古典派以降の発展
マーシャルが土台を築いた新古典派経済学は、その後「ミクロ経済学」として発展していきます。
ミクロ経済学は、消費者や生産者が、限られた資源をどう配分するかを研究する学問です。
少し噛み砕けば、私たちはお金をどう使えばもっとも満足できるのか、企業はどれくらい生産すれば最適なのかを考える学問です。
つまり、アダム・スミスの「見えざる手」が本当にどのように働くのかを、より細かく分析する学問だと言えます。

需要曲線と供給曲線が交わる点が均衡価格になるという考え方は、まさに市場の自動調整機能を説明したものです。
需要曲線と供給曲線がなぜその形になるのかまで詳しく知りたい方は、下記の記事で解説しています。
ケインズ経済学:よりマクロに経済を動かすには

マルクスは資本主義の限界を指摘しましたが、ケインズは、資本主義でも政府が積極的に経済へ介入すれば、持続可能だと考えました。
つまり、不景気のときには政府が借金をしてでも支出を増やし、景気を支えるべきだという考え方です。
公共事業を増やせば、雇用が生まれます。雇用が生まれれば人々の所得が増え、消費が増え、税収も増えます。その結果、景気を回復させることができるとケインズは考えました。

エジプトのピラミッドですら、巨大な公共事業として景気対策だったのではないかという説があるほどです。ケインズは、不景気の時には政府が積極的にお金を使うべきだと考えた、非常に革新的な人物でした。
マクロ経済学の登場:ケインズ経済学の体系化
ケインズの考え方は、その後「マクロ経済学」として体系化されました。マクロ経済学は、消費者一人ひとりではなく、国全体の経済の動きを分析する学問です。
主な対象となるのは、「財市場」「貨幣市場」「労働市場」の3つです。
- 財市場:GDPを中心に、生産・消費・分配を考える
- 貨幣市場:貨幣や債券の流通を考える
- 労働市場:労働の需要と供給を考える
テレビなどでよく耳にするGDPという概念も、このマクロ経済学の中で重視されてきたものです。
マクロ経済学について詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
新自由主義経済の台頭:ハイエクとフリードマン

不況を乗り越える方法として、ケインズ的な「大きな政府」が広がる一方で、その考え方に強く反対した人たちもいました。
それが、オーストリア学派やシカゴ学派と呼ばれる立場です。
彼らの根底にあるのは、政府が市場に介入しすぎると、人々の自由が奪われるという考え方です。
政府はできるだけ介入せず、自由競争に任せたほうが、人々の自由も経済全体の効率も高まると考えました。
その代表的人物が、フリードリヒ・ハイエクです。彼の著書『隷属への道』は、社会主義や国家介入を批判し、自由主義を擁護した本として有名です。
20世紀のアメリカ政策に影響を与えたフリードマン

この自由主義の流れを、20世紀の政策に大きく結びつけたのがミルトン・フリードマンです。
彼は『資本主義と自由』で知られ、ノーベル経済学賞も受賞しました。
彼の考え方はかなり徹底しています。たとえば、医師免許のような制度すら、市場競争に任せるべきだと主張しました。
つまり、医師免許をなくしても、腕の悪い人には患者が集まらず、腕の良い人に人気が集まるのだから、市場の力で淘汰されるだろうという発想です。
ゲーム理論:より複雑な意思決定の分析
ミクロ経済学では、人は合理的に意思決定できるという前提があります。
しかし、現実の意思決定はもっと複雑です。相手がどう動くかによって、自分の最適な行動が変わる場面も多くあります。
こうした問題を分析するために発展したのがゲーム理論です。
代表例として有名なのが、囚人のジレンマです。
ある犯罪で捕まった2人の容疑者が、意思疎通のできない別々の部屋で尋問される状況を考えます。
2人が取れる選択肢は次の2つです。
- 自白する
- 黙秘する
この2つの選択によって、2人が受ける罰は変わります。
- 1人が自白し、もう1人が黙秘した場合
自白した人は無罪、黙秘した人は懲役10年 - 2人とも黙秘した場合
お互い懲役2年 - 2人とも自白した場合
お互い懲役5年
この場合、全体にとって最も望ましいのは「2人とも黙秘」であるにもかかわらず、個人の利益を優先すると「2人とも自白」になりやすいという問題が生まれます。

このように、合理的に見える個人行動が、全体にとって最適とは限らないことを示したのがゲーム理論です。
行動経済学:人は非合理な決定をしている
近年とくに発展してきた分野として、行動経済学があります。
行動経済学では、人は必ずしも合理的に行動しないと考えます。むしろ、多くの意思決定はかなり非合理だと捉えます。
たとえば、あなたが鰻屋さんに行ったとします。
並 1500円
上 2000円
この場合、多くの人は予算に合わせて「並」を選ぶでしょう。
しかし、メニューが次のように変わるとどうでしょうか。
並 1500円
上 2000円
特上 3000円
すると、「上」を選ぶ人が大きく増えます。
人は自分で合理的に選んでいるつもりでも、選択肢の見せ方ひとつで判断が簡単に変わってしまうのです。
こうした事例を詳しく知りたい方は、下記の記事で解説しています。
まとめ
ここまで、経済学の主要な考え方の発展をざっくり振り返ってきました。
経済学は、時代に応じて大きく考え方を変えながら発展してきました。そして、従来の理論では説明しきれない現象が出てくるたびに、新しい理論が付け加えられてきました。
古典経済学から近代経済学までの流れでは、合理的な経済人を前提に理論が組み立てられてきました。しかし、それだけでは説明できない現実があるため、ゲーム理論や行動経済学のような新しい視点が生まれています。
とはいえ、古典経済学や近代経済学が役に立たないわけではありません。物事を単純化して考えることで見えてくる本質も多いからです。
重要なのは、さまざまな考え方を理解したうえで、多角的に経済を捉えることです。経済学は一つの正解を持つ学問ではなく、現実を理解するための複数のレンズを与えてくれる学問だと言えるでしょう。



経済学に興味を持ち始めた初学者です。非常にわかりやすくてためになりました。ありがとうございます。