ハイパーインフレは、世界各国で、過去何度も繰り返されています。もし、ハイパーインフレになれば、最悪の場合国家が破綻し、戦争も引き起こしかねません。
これだけ重大な事態にも関わらず、その原因や対策について正確に理解されておらず、誤った悲観主義や、また誤った楽観主義が溢れています。
この記事では、過去起きたハイパーインフレの原因について理解しながら、有効な対策を考えていきます。そして、日本における現在の状況についても考えていきます。
ハイパーインフレとは何か?
ハイパーインフレとは、経済学の定義では、商品やサービスの価格が、制御不能に上昇する状況です。簡単に言うと、ハイパーインフレは非常に急速な「インフレ」です。
ちなみに「インフレ」は、物価が上昇することです。詳しく知りたい方は、下記のリンクで「インフレ」と「デフレ」について解説しています。
インフレとデフレの違いをわかりやすく解説 – 発生原因や経済・金利への影響も –一般的に、インフレ率が月に50%以上の状態の時、ハイパーインフレと呼びます。アメリカの経済学者フィリップ・ケイガンは、彼の著書「ハイパーインフレーションの貨幣力学」で最初にこれを定義しました。
ハイパーインフレの歴史
次は、代表的なハイパーインフレの歴史を解説します。また、その原因や影響について説明します。
ここで紹介する事例よりも、世界ではより多くのハイパーインフレが発生していますが、大規模で代表的な事象を取り上げます。
アメリカの南北戦争でのハイパーインフレ(1861年〜)
アメリカの南北戦争で、特に南部においてハイパーインフレが発生しました。
アメリカ南部は戦費を賄うために、新しいお金を大量に印刷しました。一方で、北部は国民からの課税を増やすことで戦費への出費に対応しました。
なぜアメリカ南部は、国民から戦費を徴収せずに、新しいお金を印刷したのでしょうか? それは、連合国特有の事情からでした。
南部は、アメリカ合衆国から離脱する形で作られたため、明確な権威ある中央政府が存在しませんでした。そのため、国民から課税することが難しく、新しいお金を印刷するしかありませんでした。
その結果、政府への不信感を生み、急激な通貨の下落、そして物価の上昇を生み出しました。下記のグラフが、当時の南部と北部の靴の価格の推移です。北部の物価上昇が非常にゆるやかなのに対して、南部は急激に物価が上昇していることがわかります。
ドイツの第一次世界大戦後のハイパーインフレ(1920年〜)
第一次大戦に敗北したドイツは連合国から大量の賠償金を要求されました。その額はなんと、1320億マルクで、ドイツ税収の10年分に相当するものでした。
1320億マルクを、新たなお金を刷って返済するほど、ドイツの場合は単純ではなく、世界は金本位制を採用していたので、金(ゴールド)の裏付けが必要でした。
金本位制について詳しくは下記で解説しています。
10分でわかる金本位制 – わかりやすく誕生や崩壊の歴史を解説 –ドイツは、裏付けとなる金(ゴールド)を用意出来るわけはなく、中央銀行がお金を刷ることで、借金の返済に充てようとしました。当然、ドイツ紙幣の信用は地に落ちるわけです。
こうして瞬く間に、ドイツの通貨の価値が下落し、ハイパーインフレを引き起こすことになりました。さらに問題となったのは、返済の滞ったドイツに対して、イギリスなどの連合国が、ドイツの資産を没収したり、武力で占拠したりしました。
ちなみにドイツのヒトラーがユダヤ人を憎んだのは、この混乱に乗じで、ユダヤ人が金融業で莫大な富を得ていたからだと言われています。富裕層と貧困層の争いだったと言えるわけです。そしてナチスドイツが誕生し、再び戦争へと進みます。
- 第一次世界大戦の返済不可能な賠償金
- 連合国の資産の差し押さえ
- それらを賄うための新規紙幣の発行
- 政府への急激な信頼低下
ジンバブエのハイパーインフレ(2004年〜)
ジンバブエはハイパーインフレの例として有名で、聞いたことがある人も多いかと思います。ジンバブエドルと呼ばれ、ハイパーインフレの代名詞となっています。
ジンバブエは長い間、植民地政策により白人が実権を握っていました。その中で黒人がローデシア紛争で勝利し、黒人国家が成立することとなります。
この黒人国家がやったことは下記の通りです。
- 白人の土地所有の禁止と、無償譲渡
- 外国企業の株式の半数を無償譲渡
当然、ほとんどの外資企業が国外に出て行くこととなりました。そして、生産性が著しく低下し、モノ不足に陥ることになります。
物価が著しく上昇し始めたのを見た政府は、ヘンテコな法律を成立させます。
それは下記の法律です。
- 商品を絶対に安値で売らなくてはいけない
これにより、ほとんど全ての商店が廃業し、供給が圧倒的に不足することとなります。
さらには、コンゴ戦争への支出を増やすために、政府は新しい紙幣を印刷しました。これらが重なり過剰なインフレを引き起こしました。
- 白人追放により生産性の急激な低下
- インフレを加速させる無理な法律の成立
- コンゴ戦争のための新しい紙幣の印刷
ベネズエラのハイパーインフレ(2013年〜)
出典:【写真で見る】ベネズエラを襲うハイパーインフレ 通貨切り下げ前の食材と値段
ベネズエラのハイパーインフレは現在進行形で進んでいます。ベネズエラのハイパーインフレを引き起こしたのは、国際的な原油価格の低下です。
ベネズエラは税収のほとんどを、原油の生産が担っていましたから、この下落により政府への信頼が揺らぎました。さらには、原油事業の外国企業の追放なと、反米的な政策に加え、それに対してアメリカの経済制裁が加わりました。
政府の財政状況がズタズタの中で、政府支出を賄うために新たな通貨を印刷することとなりました。それによりハイパーインフレはさらに加速し2013年に41%、2014年に63%、2015年に121%、2016年に481%、2017年に1,642%、2018年に2,880%、そして2019年に3,497%に上昇することとなります。凄まじいインフレで、国民の生活は破綻し、多くの国民は南アフリカなどの国外へ逃げることとなりました。
- 石油価格低下による政府財政の悪化
- アメリカとの対立による経済制裁
- 財政支出穴埋めのため新たな紙幣を印刷
ハイパーインフレの原因
それぞれの歴史的な事象を見ていくと、ハイパーインフレの原因の共通点が見えてきます。
まず第一に、政府財政の悪化による信用の低下です。
財政の悪化は、単純に赤字の額ではありません。国家の存続が危ぶまれるほどの状況に陥ることです。例えばドイツでは、抱えきれない戦争への債務と、金本位制という制度によって身動きが取れなくなりました。
第二に、新たなお金を印刷することです。
政府の信頼が揺らいでいる状況下では、税金を増やして、政府の債務を相殺することができません。南北戦争のアメリカがそうでした。また、そもそも国内産業の基盤が貧弱な場合も、税収を増やすことが不可能です。ベネズエラやジンバブエにおいてもそうでした。
第三に、政府が適切な対処を怠っていることです。
政府がインフレを察知した際に、適切に対処ができなかったために起きています。ジンバブエにおいては、さらにインフレを加速させるような法律が多数可決されました。全てにおいて政府に責任があるわけではありませんが、適切な選択肢を取ればインフレを軟着陸できる可能性があります。
❶. 政府の財政状況の悪化による信用低下
❷. 新たなお金を印刷する
❸. 政府が適切な対処を取らない
ハイパーインフレの影響
ハイパーインフレは、単に物の値段が上がるだけではありません。
下記のように国家の安定が揺らぐような事態になります。
金融資産の消滅
例えば現金や証券を蓄えていた人にとっては大打撃となります。特に働くことのできない高齢者は、自分の持つ資金の価値の下落に絶望することとなります。食べ物にも困り、貧困にあえぐこととなります。
モノ不足
物の価値が急激に上昇する状況下では、現金から商品に変えようとする圧力が高まります。商店に人々が殺到し、商品棚から商品が消え、人々は備蓄することとなります。
外国製品の消滅
商品の多くを国外の製品でまかなっている国にとっては、必要な物資の調達に困ることとなります。例えば、農地経営者は、アメリカのトラクターを買い、生産性を向上することができますが、自国の通貨が下落していますから、トラクターの高さに絶望することとなります。生産性の向上は難しく、さらにインフレが進行します。
日本における物価安定の政策
日本におけるインフレ政策は、大別すると金融政策と財政政策の2つです。
まず金融政策ですが、日本銀行が各銀行の国債を買い取り、世の中の通貨量を増やしています。さらに、政策金利を引き下げることで、お金を借りやすくして、クレジット(借金)の増大を促しています。
クレジットが増えれば経済が押し上げられます。下記のリンクで詳しく解説しています。
10分でわかる経済の仕組み。最もわかりやすいお金の仕組みと本質また、日銀は、日本のETFを継続的に購入しています。ETFは日本株のごちゃ混ぜですから、日経平均株価の下支えをしています。
なお金融政策について詳しくは下記のリンクで解説しています。
10分で分かる金融緩和・量的緩和 -メリットやデメリットをわかりやすく解説次に財政政策ですが、政府は国債を発行して、そこで得た資金で、様々な領域での支出を増やします。福祉や教育、次世代のインフラ設備、地方企業の支援などの支出を増やし、経済を刺激します。
これにより、物価を2%の水準で維持できるように努めています。もちろんここに書かれた以外にも様々な政策がありますが、大まかにはこの通りです。
アメリカにおける物価安定の政策
アメリカは、新自由主義的な考えが根強く、政府が支出を増やすことを嫌います。新自由主義の考えの代表はフリードマンで、下記のリンクで詳しく解説しています。
5分でわかるフリードマンの「資本主義と自由」- 新自由主義をわかりやすく解説ですので、アメリカは中央銀行(FRB)が通貨の量をコントロールし、政策金利を調整することで物価安定に努めています。
日本は、東京オリンピック含めて大規模な公共事業や、教育への支出を増やそうとしていますが、アメリカにおいては小さな政府で、できるだけ市場に任せる政策がとられています。
MMTという新しい考え方
上記の通り、財政政策や金融政策を駆使しながら、適切に物価水準をコントロールすることが、政府には求められています。しかし、最近になって新たなコンセプト「MMT(現代貨幣理論)」というものが誕生し、アメリカや日本でブームになっています。
MMTとは簡単にいうと、下記の通りです。
- MMTは、自国通貨を自国の中央銀行が発行できるのであれば、いくら政府赤字が膨らんでも、新たな通貨を発行して払えば良い
- 政府が支出を増やすことで、過度なインフレに陥らなければ、借金をし続けて構わない
今までの考えでは、物価をコントロールするために、あらゆる政策を講じるべきとしていましたが、全く発想を逆転して、物価が変わらない限りにおいては、いくらでも国債を増やしたって構わないとしています。この考えは、まだ歴史が浅く経済学者の間でも賛否が分かれています。
詳しくは、下記のリンクで解説しています。
10分でわかるMMT(現代貨幣理論)- 基礎や批判をわかりやすく解説まとめ
ハイパーインフレの歴史を見ていき、その原因について理解ができたかと思います。日本において、ハイパーインフレが加速して財政破綻すると各所から言われていますが、果たして本当なのでしょうか?
ハイパーインフレが起きた歴史は、今、日本が直面する状況とは明らかに異なることがわかります。合致する統計データを引き合いに出して、悲劇的になりすぎるのも行き過ぎですし、その逆で楽観的になりすぎるのもよくありません。
政府は、物価の安定に必要な通貨を供給し、国民の債務をうまくコントロールし、経済を回復させる必要があります。それが政府の税収を増やすことになります。注意しなくてはならないのは、緊縮策に立戻らないことです。行き過ぎた緊縮策は、恐慌を引き起こしかねません。
世界恐慌の原因と発生メカニズムを分かりやすく解説 – 影響や各国の対策も解説 –デフレとインフレのリスクをコントロールして、適切な政策をとり物価の安定に努め、恐慌とハイパーインフレを避けることが国民生活の安定につながります。