イマヌエル・カントは、ドイツ観念論の出発点を築いた哲学者です。ドイツ観念論は、プラトンやアリストテレス以来の哲学の大きな流れに連なる、近代ヨーロッパの重要な哲学体系の一つとされています。
この記事では、カントの思想をできるだけわかりやすく解説します。カント以降の哲学は大学の学問として高度に専門化されていくため、用語が多く難しく感じられますが、彼が言いたかったことの核心は比較的シンプルです。
古典的理性主義から啓蒙思想へ
カントを理解するには、まず歴史的背景を押さえる必要があります。
当時の哲学の主流は古典的理性主義と呼ばれる立場で、代表例がデカルトです。デカルトについては下記の記事で詳しく解説しています。
デカルトの考えを簡単に整理すると、次の通りです。
- 人間は神から分け与えられた理性を持っている
- その理性は、日常的な意味での「理性的」「本能的」とは異なり、神から平等に与えられた普遍的な能力である
- その理性を正しく用いれば、世界の法則を理解できる

つまり古典的理性主義とは、「人間は神の後見によってのみ、世界の理性法則を理解できる」という立場です。
しかし18世紀になると、啓蒙思想、あるいは啓蒙的理性主義が登場します。その中心人物がカントでした。
啓蒙とは「暗がりを照らす」という意味です。神がいなければ何もわからないという「暗がり」の状態から抜け出し、人間が自らの理性によって世界を照らし出せるようになることを意味します。

この意味で、デカルトが近代哲学の祖と呼ばれることは多いものの、神の後見を離れて人間理性の自立を本格的に打ち出したカントこそ、本当の意味で近代哲学を切り開いた人物だとも言えます。
イマヌエル・カントの生涯

カントは1724年、当時東プロイセンの中心都市だったケーニヒスベルクに生まれ、1804年にこの町で亡くなりました。
多くの哲学者が各地を移り住みながら活動したのに対して、カントはほとんど生涯この町を離れず、独身のまま静かな生活を送ったことで知られています。
大学で哲学を学んだのち、家庭教師や講師を務めましたが、教授になったのは46歳のときでした。比較的遅咲きの哲学者です。
そして57歳で主著『純粋理性批判』を刊行します。一見穏やかな生活を送っていたように見えるカントですが、この本の内容は哲学史上きわめて革命的でした。
なぜなら、この本は「神がいなくても、人間理性は一定の範囲で世界を認識できる」と主張したように読めるからです。それまでの古典的理性主義では、世界を理解できる根拠は神にありましたが、カントはそこに大きな転換をもたらしました。
カントの思想:『純粋理性批判』
ではここから、カントの思想の核心を見ていきます。カントを理解するうえでは、まず『純粋理性批判』を押さえるのが重要です。
この本でカントが試みたことは、次のようにまとめられます。
人間理性の自己批判によって、人間理性が有効な範囲と、及ばない範囲を明らかにする
経験主義の限界
では、なぜそのような作業が必要だったのでしょうか。背景にはイギリス経験主義の台頭がありました。
当時、ロック、バークリー、ヒュームらによる経験主義が大きな影響力を持っていました。
経験主義は、古典的理性主義のように、神から与えられた理性によって世界の法則を把握できるとは考えません。人間が得られる認識は、あくまで経験に基づくものに限られると考えます。
たとえば「リンゴは赤い」という判断も、それを見た人たちの経験の一致によって成り立つにすぎず、神の視点から保証された絶対的真理ではない、ということです。

物自体界と現象界
しかしカントは、経験主義にはどうしても納得できない点がありました。
カントは経験主義に基本的には共感しつつも、この点については不十分だと考えました。そこで彼は、次のように整理します。
- 人間理性にとって把握しやすい形で現れてくる「現象界」に限っては、理性的認識が可能である
→ 数学的認識や物理法則など - それに対して、人間の認識とは無関係に存在する「物自体界」については、完全な理性的認識はできない

つまりカントは、人間理性が認識できるのは、あくまで「現象界」に限られると主張したのです。
コペルニクス的転回
ここまで読むと、「カントの何がそんなに新しいのか」と思うかもしれません。ですが、ここに大きな転換があります。これがコペルニクス的転回です。
それまでの哲学では、「人間の認識が対象に従う」と考えられていました。つまり、理性が対象の真理に到達するという発想です。

しかしカントは、これを逆転させ、「対象のほうが人間の認識の条件に従って現れる」と考えました。
つまり、「物自体の世界」そのものには人間の認識は届かないが、「現象界」に限っては普遍性と客観性を持つ認識が可能だとしたのです。

この意味で、人間理性は神の後見なしでも、少なくとも現象界においては「何が存在し、どのように理解されるか」を決める役割を担うことになります。ここに近代哲学の大きな転換があります。
思考の枠組み(カテゴリー)
カントは、人間が現象界を認識する過程を次のように考えました。
- 物自体が人間の感覚を刺激する
- その刺激を「直観の形式」を通して受け取る
- 受け取った材料を「思考の枠組み(カテゴリー)」によって整理する
- 整理されたものが、人間にとっての「現象界」として現れる
つまり自然界のさまざまな存在は、人間の思考の枠組みによって整理されることで、現象界として認識され、客観性を持つようになるということです。人間理性が認識する世界は、最初から完成された静的な世界ではなく、人間の認識枠組みによって成立する世界なのです。

カントが整理した思考の枠組み(カテゴリー)は、下の表の通りです。
| 直感の形式 | 思考の枠組み | ||
|---|---|---|---|
| 量 | 単一性 | 数多性 | 全体性 |
| 質 | 事象内容性 | 否定性 | 制限性 |
| 関係 | 実体と属性 | 原因と結果 | 相互作用 |
| 様相 | 可能性 | 現実性 | 必然性 |
この表からわかるのは、「原因と結果」のような因果関係ですら、物自体界にそのまま存在しているというより、私たちが現象界を理解するために用いる形式だということです。
ただし、この「カテゴリー」の整理や、「現象界」と「物自体界」の二元論は、後の哲学者たちから必ずしも高く評価されたわけではありませんでした。なぜなら、両者を分けるよりも、統一的に説明できる理論のほうが魅力的に思えたからです。
そこで次に登場するのがヘーゲルです。ヘーゲルはカントの思想をさらに押し進め、より包括的な体系へ展開しようとしました。詳しくは下記の記事で解説しています。
哲学を知るのにおすすめの本
私が哲学を学ぶうえでおすすめしたい本は『反哲学入門』です。
哲学史をここまで体系的に整理している入門書は多くありません。この一冊を読んでおくと、専門的な哲学書に進んだときの理解がかなり楽になります。哲学とは何かという問いを軸に、さまざまな哲学者を整理しており、基礎固めに向いています。
まとめ
カントの思想は、カント以前のデカルトなどの思想と大きく異なっています。カント以前は、神の後見のもとで理性的認識が可能だと考えられていました。
つまり、科学、数学、物理学なども、最終的には神的理性によって支えられていると考えられていたのです。しかしカントは、それらは人間理性にとって認識しやすい形で現れた世界、すなわち現象界に属すると考えました。いわば自然界の立法者は神ではなく、人間理性であるという大転換を打ち出したのです。
この意味でカントは、神の後見に依存しない近代理性の基礎を築いた哲学者だと言えるでしょう。


